琥太朗ブログ

色んなことをちょいちょいスピリチュアルな視点で捉えてみる

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何かの縁で「甲賀市」に住むことになったので、「忍者」について調べてみたり、「忍者」映画観たりしてみた。ザックリイメージで「伊賀は良い者、甲賀は悪者」は本当なのか!?

 どうも、「忍者」好きか!?と聞かれれば「そうでもないッス」と答える僕です。 

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 「忍者」にもの凄く惹かれている外国人の話は昔からよく聞く話ではありますが、日本人の僕は興味を惹かれたことが実はありません。

 でも、今回、滋賀県甲賀市に住むことになったということは、何かの縁かも知れないので「忍者」について調べてみようかな〜と思い立ちまして…。

 

 アニメでは超人氣の忍者アニメ「NARUTO」より「ONE PIECE」派の僕は、「NARUTO」をオススメされて観てはみたものの、5話くらいで「もう、いいや…」って心折れた過去が。

 そりゃ〜昔、子どもの頃「仮面の忍者 赤影(1967~68年なので再放送ですが…) は観てた記憶はあるけど、そんなに惹かれた記憶もない…青影の「だいじょ〜ぶッ!」のセリフと仕草が子ども心に面白くて観てた、くらいの関心度で。

  

 てか「仮面の忍者 赤影」を知らないですね。ジェネレーション・ギャッ…。

 「赤影」調べてたら、「赤影」は「飛騨の里」が誇る忍びの名門「影一族」の1番手らしいです。伊賀でも甲賀でもない…。

 

 あと、「忍者」といえば藤子不二雄アニメ「忍者ハットリくん」。

 テレビ放送してた当時は6歳下の弟の方がターゲットの年代やったし、弟が観ているのを横目でチラ観してた位の…でも伊賀流のハットリカンゾウや獅子丸とか甲賀流ケムマキは知ってるよ!程度。

 今「伊賀野カバ丸」ってアニメがあったのを思い出しました。

 

  

 少し調べただけでも「忍者」絡みの映画やアニメって非常に多いのが分かります。時代が変わっても絶えることなく色々な作品が連綿と続いて、どの時代においても需要があったことが伺えます。

 古くは「猿飛佐助」「真田十勇士」から「影の軍団」「カムイ外伝」など、一度くらいは聞いたことあるもの、それから根強い人氣の「バジリスク甲賀忍法帖」、海外では「ミュータント・タートルズ」なんてのもありました。「デッドプール」もほぼ「忍者」ですよねw !? 実写版映画、アニメ問わず色んな作品にキャラクターが取り上げられています。 

デッドプール2 (字幕版)

デッドプール2 (字幕版)

 

 

 「忍者」のキャラクターとして、尋常でない身体能力、忍術など、普通の人間では到底出来ないことが出来てしまう非現実的なところに憧れ、幻想を抱いてしまうんだろうな~と思います。特に男子はw。

 逆に女子なら「くノ一」に憧れたりするのかな!? 分からんけど…逆か !? 男子がw。

 

 そんな時代を問わず人氣を博してきた「忍者」ですが、「忍者」に対する僕のザックリとしたイメージは「伊賀が良い者で、甲賀が悪者。そして仲が悪い!」って感じです。たぶん偏ってます。完全に偏見だと思いますw。

 

 皆さんはどうでしょうか !? 僕と似たような「甲賀は悪者」みたいな印象持ってませんか !?

 

 で、単なる偏見だとしたら…甲賀流忍者の皆さんに「なんかすみません」って感じなので、今回、甲賀市に住むことになったということも何かの縁だろうし「ホントにそうなのか」と、折角なのでこの機会に調べてみようと。以後は調べることも多分ないだろうと思うしw。

 

 ということで、

「忍者」の基礎知識。

 時代

 室町時代から江戸時代に活躍。

 

 仕事

 もともとは自身の村落の自衛。村落によっては農業に向いていない地域もあったり、腕っ節、軍事力を売って傭兵的に仕事を得て暮らしていたという背景も。

 大名・領主に雇われて、隠密としての諜報活動、破壊工作(暗殺なども含む)を行う実行部隊。

 日々の軍事的鍛錬等で普通の人間より身体能力など優れていたことが買われたんだろうと思われます。

 

 流派

 有名な「伊賀」「甲賀(こうか)」の他に「雑賀(さいか)」「風魔」「根来(ねごろ)」「戸隠(とがくし)」「黒脛巾組(くろはばきぐみ)」など、各地にいろいろあったようです。

 もっとも、「忍者」「忍び」という呼び方は昭和に入ってからの呼称で、江戸時代までは「水破(すっぱ)」「出抜(すっぱ)」)「透破(すっぱ、とっぱ)」「突破(とっぱ)」「伺見(うかがみ)」「奪口(だっこう)」「竊盗(しのび)」「草(くさ)」「軒猿」などと呼ばれていたとのこと。

  もともとは自分の村落や集落の自衛が主目的。後に身体能力、技(泥棒のw)などに優位性があったため、傭兵的に雇われる場合が多く、ただのごろつきだった者、地侍足軽や隠密として、契約によって前線で任務を果たす。こういった「ボスのために情報収集、破壊活動の実行部隊」というイメージが現在定着している感じ。

 各流派、土豪によって、傭兵的な度合いには差があったようで、「伊賀」は比較的ビジネスライクでドライ。契約や報酬によって、どちら側にも付いたと言われています…場合によっては「伊賀」VS「伊賀」なんて構図にもなったりした様です。

 

 そして、「伊賀流忍者」のみならず、もっと大きなククリで「忍者」と云えば…の問いに代名詞のように上げられる、最も知名度の高い「服部半蔵」。

 この「服部半蔵」、姓が「服部」で名が「半蔵」と思っていませんか !?僕は思っていましたw。

 伊賀国(現伊賀市)に居住していた藤林・百地・服部の上忍三家のうち「服部」氏の先祖が、そこで代々伊賀流忍者の首領を務めてきており、代々の当主は「服部半蔵」を名乗ってきたとのこと(フルネームという訳ではなく「役職名」のようなもので特定の一個人を指す名前ではない)〇代目 服部半蔵〇〇みたいな感じ。

 その代々の「服部半蔵」のなかで最も知名度が高いのが2代目の「服部半蔵正成」であり、徳川家康に仕える「武士」であって「忍者」ではなかったようです。

 徳川家康を「神君伊賀越え」させる際に、家臣の「服部半蔵正成」が伊賀流の出身であったことから、当時確執(天正伊賀の乱で反目)のあった伊賀流忍者との間に入り、話をつけ、協力を得ることに成功。これが功を奏して無事「伊賀越え」を達成することが出来、その功績から、後に徳川幕府に召し抱えられることになる「伊賀」と、もともと織田・豊臣・徳川側だった「甲賀」両方を併せた全「忍者」の統率役を任されることとなったと云う背景と、この2代目の「服部半蔵正成」の「正成」部分が省略されがちなことも相まって、「服部半蔵」が一人の人物であって「忍者」の代表みたいに印象付けられて来たんだと思います。僕もその一人…。

 

 一方「甲賀」の方はというと…普段は農業で、山伏や薬売りといった行商で各地を廻って情報収集などもしていた。(なので医学や薬の知識に長けていて、現在の甲賀地方にはその末裔によって興された製薬会社が多いんだとか)

 「(そう)」という村落連合体を作って、集落に関わる案件を合議制による多数決で決めて運営するなど、なんか民主的で仲良しなw感じで全国的に珍しい自治形態をとっていたそうです。

 室町時代後期になると、近江で着々と力を付けていた佐々木六角氏が室町幕府に目を付けられ、戦うことになります。この時活躍したのが後の「甲賀忍者」である甲賀武士達。山中でのゲリラ戦、地の利を生かした奇襲が得意だったようで「忍者」っぽい戦術です。三年の後、当時の将軍足利義尚が没して、六角氏が生き残った結果、活躍した甲賀武士たちが「甲賀五十三家」「甲賀二十一家」と称され、以後六角氏と行動を共にし、後には織田信長に仕え、羽柴秀吉によって改易されて平民などになっていったりします。

  

 地域の土豪、集落の武士・地侍から成り立っていった「忍者」の他、伊達政宗の「黒脛巾組(くろはばきぐみ)」のように大名が創設した諜報機関のようなものもあったり、修験道の修験者、山伏などで鍛錬によって屈強な身体を持った武闘派から「忍者」的存在になっていったものもあり、様々なケースがあったことからも、極めて多様な成り立ちがあるようです。一括りの「忍者」としてまとめるには難しいかも知れません。 

 

 その他

 一般的な「忍者」のイメージとして「忍装束着て、刀、鎖鎌、手裏剣忍ばせて、撒き菱撒いて、煙とともにドロンする」って感じが、いろいろ調べて行くうちに、もはや偏見でしかないようなが氣がしてきました。

 武闘派だけが「忍者」じゃないし、「」「」の隠密だけじゃなく「」としての表立った関係から、実はスパイしているスマートな詐欺師的なのも情報収集屋「忍者」とも云える訳で…。

 

 結局、いわゆる「忍者」が存在していた当時の容姿、形態は今の「忍装束を着て…」というイメージばかりのものでもなかったようで、後に一部の「忍者」の形態としてメディアなどでクローズアップされた「忍者」が定着してきた結果が今の「忍者」の姿なんだろうなと思います。

 

 そして「忍者」には、「忍者」たり得るサブコンテンツも見逃せません。

 火遁、水遁…といった「忍術」や手裏剣を代表とする「忍具」、「忍装束」といった多彩なコンテンツもファンを惹きつけるのに一役買った要素となっているんだとも思います。

 

 

 基礎知識を付けた上で「忍者」映画を数本観てみましたので、紹介を。 

SHINOBI

SHINOBI

 

 こちらの映画は「伊賀流忍者」VS「甲賀流忍者」の典型的確執シチュエーションが描かれています。

 イメージどおりの「忍者」が観れることと思います。

 「忍者」の村に生まれた宿命と、本来持ち合わせている「争いをしたくない」本質との葛藤も描かれていて、人間の性分が平和に向いていない生き物であることを再認識させてくれるような映画でもあります。

 多くの人間がいるところ、争いが絶えない…。

 この映画の冒頭…「なんか知ってるような…」と思って調べてみたら、以前観てみようと思ったけど挫折したアニメ「バジリスク甲賀忍法帖」の映画化作品でした。

 

GOEMON

GOEMON

 

 「石川五右衛門」は伊賀流忍者の「抜け忍」だったとする説もある為、「忍者」絡みかと思って観てみました。

 やっぱり尋常でない身体能力、剣さばきは「忍者」っぽかったです。

 この映画には、「霧隠才蔵」や「猿飛佐助」という創作上の「忍者」も出て来ます。因みに「石川五右衛門」は実在の人物というのが濃厚のようです。

 五右衛門風呂の由来となった、釜茹での刑の場面も出て来てました。

 豊臣秀吉、完全な悪者ですw。

 そして、映画の最初と最後に「石川五右衛門」の「絶景、絶景!」というセリフがあるんですが、⇩の散歩の記事とシンクロしたのにニンマリしていた僕です。 

www.kotaroh.net

 もっとも、この「石川五右衛門」という名前、「ルパン三世」に登場する「石川五ェ門」が導入口で知ったという人も多いのでは !?

 因みにルパンの方の五ェ門は「13代目 石川五右衛門」という設定です。そして、忍者の訓練も受けているという設定なのは、あまり知られていないのでは!?

 

 

 ともあれ、「忍者」について調べるにつれ「甲賀」はとくに悪者でもないような氣がしてきました。

 村落での物事を多数決で決めたり…「伊賀」のように雇い主が変わることによって、同郷同士がやり合うことも無さそうだし…ただ単に、その時代の勝者の欲しいままに語られる「正義」がある方の正反対の立ち位置に立ってしまうことが多かった…運がなかっただけという印象です。

 もし、本能寺の変織田信長が没っすることがなければ、信長に仕えていた「甲賀」が幕府によって重要視され、勝者の正義理論によって「甲賀が良い者、伊賀が悪者」のイメージが出来あがっていたかも知れません。

 「神君伊賀越え」する必要もなく、服部半蔵の里である「伊賀衆」が汚名挽回、活躍する場面も存在しない訳で…天正伊賀の乱以降の反対勢力としてのイメージのまま時代が進む…なんてことも有り得た訳です。

 ま、歴史に「もし」は無い、ですけど…パラレルワールドの一つでは「甲賀は良い者」w。

 江戸時代が終わり、明治新政府によって警察や陸軍、海軍が出来るとともに「忍者」の役割も終わりを迎えます。

 ということで、「忍者」が存在した最後の時代「徳川幕府」の全「忍者」統率役であった服部半蔵の出身地だったことと、勝者正義理論からの「伊賀が良い者」イメージが優先のまま「忍者」時代の終わりを迎えることとなる訳です。

 

 「甲賀」貧乏くじ…不運…なだけじゃね !?という思いがパネぇです。

 

 今まで勝手に刷り込まれたイメージで見ていて「なんか、ほんとにすみませんでした!」w。

 

 

 最後にもう一つだけ、都市伝説&オカルト好き向けネタ…

松尾芭蕉が忍者服部半蔵だった説w

 

 聞いたことありますか!?

 この説の根拠がいくつかありまして…

  • 松尾芭蕉が現在の三重県伊賀市出身。
  • 「伊賀」と云えば「伊賀流忍者」。
  • 「おくのほそ道」の際の旅の移動距離が1日50km以上と人間50年と言われた時代に芭蕉45歳での尋常でない身体能力。
  • 仙台藩(天下取りを諦めてない独眼流 伊達政宗に対して謀反の動きがないかを密偵するための忍者得意分野である隠密行動!?俳人ならば疑われないだろうといった感じで遣わされたのでは!?
  • 「松島や ああ松島や 松島や」の俳句が有名で「松島」大好きイメージが先行しているが、実は松島には1泊してすぐに立ち去っている不思議。その先の仙台藩の事情を探る方を優先したのでは!?
  • 旅の途中、関所をすんなり通過できる後ろ盾の存在、徳川幕府
  • 徳川幕府に対して貢献した服部半蔵の望みである全国行脚を褒美として許可した。これを松尾芭蕉の名前で実行。
  • あるいは、隠密としての役割からは外れておらず、俳諧人を隠れ蓑とした。 

 などなど、いろいろ囁かれていますので、氣になる人はもっと調べてみては如何でしょうかw。

 ……歩いて廻ったと思い込んでるけど、実は馬に乗ってて1日50km行けるんじゃねっ!?などとは考えないように!

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 今日もありがとうございました。